レジリエンス

最近気になる言葉。

社会的ディスアドバンテージや、己に不利な状況において、そういった状況に自身のライフタスクを適応させる個人の能力と定義される 。それら不利な状況やストレスとは、家族、人間関係、健康問題、職場や金銭的な心配事、その他より起こり得る。

脆弱性 (vulnerability) 」の反対の概念であり、自発的治癒力の意味である。「精神的回復力」「抵抗力」「復元力」「耐久力」などとも訳されるが、訳語を用いずそのままレジリエンス、またはレジリアンスと表記して用いることが多い。
wikipedia: レジリエンス (心理学)




私は庭に対してナチュラルという名の放置プレイスタイルで挑んでいて、施肥は晩秋のバーク堆肥のみ、殺菌殺虫剤は使わない。
そんなことしてると、バラみたいに人間が好んで利用するような植物は、気づいたらあっという間に虫にやられる時がある。


うどん粉病の女王との異名を持つ、ミミエデンというバラがある。人が手を入れなければ生きていけないような、か弱い美しいバラ。
うちにも1株あるのだが、私の観察不足と薬剤使わないポリシーのせいで、去年の春夏にカイガラムシにやられまくって瀕死になりほぼ全体が枯れた。株元の小さな新枝だけが生きていた。
もはやほぼ枯死したも同じ状態。半分やけくそで親株を株元までバッサリ切った。ついでにやけくそで地植えにした。このバラは鉢での管理が当たり前だが、鉢で私が下手な手当てするよりも自然に任せてみようと思って。
そしたら、秋にはその小さな新枝から綺麗な葉枝がたくさん出て、花まで咲かせた。いやいや、ミミエデンよ、って呼びかけたくなった。本当に感動したのだ。
そして今春はまた一回り大きくなり、赤い芽もたくさん出た。

他のバラも、原種のバラですら、卵を産み付けられて枝が裂けたり、芋虫に食いちらかされたり、ポッキリ花芽を折られたり、虫たちに好かれてめちゃくちゃにされる。なのに思ってた以上に復活してくる。
美しさも相まって儚いように見えても、あるいは人がせっせと保護しなきゃいけないように言われていても、実は蘇る生命力も、適応する能力も、すごく強いと思う。そうでなきゃ、北半球じゅうのあちこちで子孫を残せてきたはずないのだ。

それで、私はレジリエンスという言葉を知った時、ミミエデンやバラのことを思い出した。
別に、他の植物に対してバラのようであれと言っているわけではない。人に、バラのように美しく強くあれと言うつもりもない。ただ、私にとってレジリエンスという言葉はあのミミエデンのイメージなのだ。
私だったら、地植えにされた時点で私の居場所じゃないと腐ってたかもしれない。わざわざこの逆境で秋バラを咲かせる必要ないでしょって手抜きしたかもしれない。カイガラムシを駆除しないあるじを恨み続けてたかもしれない。
そんなことをつらつら考えていると、バラの在りようから学べることがまだまだありそうなのだ。そして、それが私自身のレジリエンスとなるならこんな幸いはないと思う。