ファッションと流行

ファッションは気分。流行は時代の気分。

この考え、好き。

気分って!なにそのフワフワ感!と最初は思ったけど、今は感覚的に妙に納得している。

私自身は根拠を求めたがる性質なので、服を買ったり着たりする時もいろいろ小難しく考えて決めている。流行をきちんと解して、流行に振り回されず自分に似合う、自分が心から好むものを、身の丈に合う金額で買って、しかしダサくならないよう計算して、身につけてる自負がある。

でも結局は、気分に合うものを身につけたくてわざわざ合理的な理由を後付けしてるのかもしれないなと思うようになった。

 

そんなこんなの中、

近頃、これは!と思うハンドメイドのバッグがあって、作家さんの考え方も素敵で、1年近く迷ってやっぱり買うことにした。周りの誰も持っていない個性的なバッグで、しかし長く使えそうな普遍性も持ち合わせていて、質も良い。好きなものを長く使う私にピッタリ。と思った。

ほんで、このバッグを合わせるコーディネートを考えたいなと思って、画像検索やらインスタのタグをたどるやらしてた。

そしたら、素敵なパンツとそのバッグを合わせてるコーディネートを見かけて、そのパンツにしか出せない雰囲気があると思ったので、下調べの結果同じ商品を買うことにした。

で、またしばらく画像検索を繰り返してたのだけど、やめてしまった。

だって、そのバッグ持ってる人、みんな同じようなファッション、というよりみんな同じアイテムを持ってるんだもん。

そのバッグやパンツがおしゃれさんの間でおしゃれアイテムとして流行っていて、そういうのばかり使ってコーディネートしてる人が多いと知ってつまらなくなった。そして、なんなら自分もそこに乗っかりつつあると気づいて嫌な気分になった。私が好きな雰囲気の系統でどこのブランドの何のアイテムが流行ってるのかおおよそ掴めて興味を失ってしまった。

 

このブランドならこのバッグ

このブランドならこのブラウス

逆もあるか。

ブローチ買うならこの作家のこれ

この形のパンツならこのブランドのこれ

みたいな。

だんだん、その潮流に従わないとおしゃれが完成しないような気分にさえさせられてしまう。

その教科書的な流れに従えば、自動的におしゃれっぽく見えるのはわかってる。手っ取り早くおしゃれしたい人には有効なんだろうけど。それはちょっと、私が求めてるものではない気がする。

 

流行に関係なくみんながあまり知らない良いものを見つけたと思っていたら、すでに界隈では流行ってて、結局は先にまた流行の沼が待っていた。

なんという構造。

真におしゃれな人は、もうとっくにそんなことに気づいて、自分の本当の気分とポリシーに基づいてファッションを選んでるんだろう。ファッションで本当に自己表現するんだろう。

ちょっと羨ましい。

でも自分にはそんだけの熱量をファッションに費やす気力がなかったりもする。

それはきっと、私が美術の成績が良くてもこの人生で絵を描こうとは思ってないとか、楽器弾けるけど別に演奏活動するつもりがないとか、そういうことと同じ次元だと思う。

だったら、一旦おしゃれさんを真似して手っ取り早くおしゃれっぽくするほうが効率がいいんじゃないのか、とか。いやいや、できる範囲で自分なりのファッションにこだわるのだ、とか。結局は逃れようともなかなか逃れ難い時代の気分たる流行の影響下にあるのだから、あがいても無駄だよ、とか。

まあ、頭の中の議論は続くのである。

ファッションは楽しい。